税務・実務
本記事は一般的な情報提供であり、税務助言ではありません。記載は2026年8月5日時点の法令・国税庁公表資料に基づきます。個別の判断は税理士にご相談ください。
米国株オプションで出た損失を、同じ口座にある米国株の売却益とぶつけられますか——同じ証券会社の、同じ口座の、同じ年の話です。それでも相殺できません。
税法が線を引いているのは口座ではなく、所得の区分だからです。そしてもうひとつ、混乱の原因になっているものがあります。「損益通算」という言葉が、2つの違うものを指して使われていることです。
この2つを分けてしまえば、相殺できる相手とできない相手は一本の線で説明できます。
この記事でわかること
- 米国株オプションの損失を相殺できる相手・できない相手の一覧
- 「損益通算」と「内部通算」の違い——混乱の正体はここ
- 同じ口座・同じ銘柄(カバードコール)でも相殺できない理由
- 同じ「FX」でも業者によって答えが変わるという落とし穴
- 損失が出た年に実際にできること
この記事の前提
以下はすべて、米国株オプションの損益が総合課税の雑所得として扱われるという前提の上に成り立ちます。
申告分離課税(20.315%)の対象を定める租税特別措置法41条の14が列挙しているのは、金融商品取引法2条21項の市場デリバティブ取引と同22項の店頭デリバティブ取引で、同条23項の外国市場デリバティブ取引は列挙に含まれていません。海外の取引所に上場するオプションは列挙の外にあり、原則である総合課税に戻る——という条文の読み方です。導出の詳細は米国株オプションの税金と確定申告でご確認いただけます。
ただし、国税庁がこの取引を名指しして「総合課税の雑所得である」と述べた公表資料は見当たりません。この前提自体が条文からの解釈であることを承知のうえでお読みください。
先に結論:相殺できる相手はひとつだけ
| 相手 | 相殺 | 理由 |
|---|---|---|
| 他の総合課税の雑所得(暗号資産・副業・原稿料など) | ○ | 同じ雑所得の中での計算 |
| 米国株・日本株の現物の譲渡益 | × | 申告分離課税の上場株式等に係る譲渡所得等 |
| FX(国内の金融商品取引業者・登録金融機関が相手方) | × | 申告分離課税の先物取引に係る雑所得等 |
| 日経225先物・オプションなど国内の先物取引 | × | 同上 |
| 給与所得・事業所得など | × | 損益通算の対象所得に雑所得は含まれない |
| 翌年以降の自分の利益 | × | 繰越を認める規定が存在しない |
米国株オプションの損失が使えるのは、原則として同じ「総合課税の雑所得」の中だけです。ここから、なぜそうなるのかを見ていきます。
「損益通算」という言葉が2つの意味で使われている
検索して出てくる情報が食い違って見えるのは、書き手によって指しているものが違うためです。
| 所得税法69条の損益通算 | 内部通算(実務上の呼び方) | |
|---|---|---|
| 何をするか | 所得の区分をまたいで赤字を差し引く | 同じ区分の中で利益と損失を差し引く |
| 対象 | 不動産所得・事業所得・山林所得・譲渡所得の4つに限定列挙 | その区分の所得金額を計算する手続きそのもの |
| 雑所得は | 入っていない | 雑所得の中でなら可能 |
所得税法69条が損益通算の対象としているのは4つの所得だけで、雑所得はそこに入っていません。国税庁のタックスアンサーNo.2250も、雑所得の計算上生じた損失は他の各種所得の金額から控除できないとしています。
一方、雑所得の中で利益と損失を差し引くのは、69条の損益通算ではありません。雑所得という区分の所得金額を出す計算そのものです。「損益通算できます」と書かれているものの多くは、この計算を指しているか、米国株オプションとは別の商品の話です。
よくある誤解:「雑所得どうしなら相殺できると聞いた」
- FXや日経225オプションの所得区分は「先物取引に係る雑所得等」で、名前に「雑所得」という語が入っています
- しかしこれは申告分離課税のグループで、総合課税の雑所得とは別に計算します
- 分かれ目は「雑所得という語が入っているか」ではなく、総合課税か申告分離課税か
- 相殺できるのは総合課税の雑所得どうしです
同じ口座・同じ銘柄でも相殺できない
米国株の現物とオプション(カバードコール)
SPYを保有しながら、そのSPYを対象にコールを売る。同じ銘柄・同じ口座・ひとつの戦略の中の話です。それでも税務上は別のレーンに入ります。
- 現物の譲渡損益 → 申告分離課税の上場株式等に係る譲渡所得等(外国の取引所に上場する株式も「上場株式等」に含まれます)
- オプションの損益 → 総合課税の雑所得
証券会社の年間取引報告書では並んで印字されていても、申告書では別の欄に書きます。実務上の帰結ははっきりしています。現物が利益・オプションが損失という年でも、オプションの損失は現物の利益を1円も減らしません。戦略全体では収支トントンでも、課税されるのは現物の利益だけ——という事態が起こり得ます。
逆向きも同じです。上場株式等の譲渡損失を控除できる相手は、申告分離課税を選択した上場株式等に係る配当所得等に限られます。「株の損はいろいろな利益とぶつけられる」という理解も、正確ではありません。
ここは断定を避けます
- 上は反対売買・期限切れで完結した場合(差金決済)の整理です
- 権利行使によって株式の受渡しが起きた場合、受け取った/支払ったプレミアムを株式の取得価額・譲渡価額にどう反映するかは別の論点です
- この点を明示した国税庁の公表資料は見当たらないため、該当する取引がある方は税理士または税務署にご確認ください
FX——ここは業者によって答えが変わります
FXは一括りにできません。国税庁のタックスアンサーNo.1521は、平成28年10月1日以後に行う店頭デリバティブ取引のうち、金融商品取引業者・登録金融機関以外を相手方とするものは申告分離課税の対象外としています。
| FXの相手方 | 所得区分 | 米国株オプションと相殺 |
|---|---|---|
| 国内の金融商品取引業者・登録金融機関、取引所FX | 先物取引に係る雑所得等(申告分離) | × |
| 上記以外を相手方とする店頭FX | 総合課税の雑所得 | 相殺され得る |
ただし、結論が同じでも根拠になっている条文は別です。登録のない業者を相手方とするFXが総合課税になるのは「店頭デリバティブ取引の相手方の要件を満たさないから」で、米国株オプションが総合課税になるのは「外国市場デリバティブ取引が申告分離の列挙に入っていないから」です。「海外だから総合課税」という一括りの理解は、国内証券を経由して米国株オプションを取引している場合に読者を誤らせます。判断は業者の所在ではなく、取引の種類と条文で切り分けてください。
日経225先物・オプションなど国内の先物取引
こちらは申告分離課税です。同じ「オプション取引」でも、日経225オプションとSPYのオプションは税法上まったく別の場所に置かれています。なぜそうなるのかと、税率がどれだけ変わるかは米国株オプションと国内先物・オプションの税金の違いで扱っています。
なお「先物取引に係る雑所得等」という申告分離のグループの中でなら、日経225オプション・商品先物・国内FXなどの損益は相互に相殺されます。米国株オプションだけが、この輪の外にいます。
給与所得・事業所得
雑所得の損失は損益通算の対象外なので、給与から差し引くことはできません。給与所得者にとっては、オプションで損をしても源泉徴収された所得税は戻ってこないということです。
相殺できる唯一の相手:総合課税の雑所得どうし
暗号資産の売却益、副業の収入、原稿料——これらが総合課税の雑所得に区分される場合、米国株オプションの損益と同じ雑所得の中で差し引きされます。
令和4年分以後、雑所得は「公的年金等に係るもの」「業務に係るもの」「その他」の3つに区分して計算し、合計して雑所得の金額とします(No.1500)。相殺されるのは、この合計の構造による結果です。
この3区分は、記帳・保存の義務にも関わります。業務に係る雑所得は、前々年分の収入金額が300万円を超えると現金預金取引等関係書類の保存が必要になり、1,000万円を超えると確定申告書に総収入金額・必要経費の内容を記載した書類の添付が必要になります。
自分がどの区分に入るかは、断定できません
- 国税庁は「業務に係る雑所得」の例として原稿料やシェアリングエコノミーに係る所得などの副業を挙げており、投資・デリバティブ取引を例示していません
- 米国株オプションの損益が「業務に係る雑所得」と「その他の雑所得」のどちらに当たるかを直接示した公表資料は見当たりません
- 取引の規模・継続性などの事実関係で判断が分かれ得ます。記帳義務や書類添付の要否は、税務署または税理士にご確認ください
損失が出た年に実際にできること
- 同じ年の他の総合課税の雑所得と相殺する。これが唯一の相殺です
- 必要経費を漏らさず計上する。雑所得は収入から必要経費を差し引いて計算します。必要経費になるのは総収入金額を得るために直接要した費用とその年の業務上の費用で、原則としてその年の12月31日までに債務が確定しているものです(所得税法37条/No.2210)。どこまで算入できるかは個別の判断になります(投資ツール代は経費にできるか)
- 繰り越しは期待しない。3年間の繰越控除(措置法41条の15)が使えるのは「先物取引に係る雑所得等の計算上生じた損失」に限られます(No.1523)。米国株オプションの損失は対象になりません。繰越の可否は改めて詳しく取り上げます
- 記録は残す。相殺できなくても、損失額の把握は翌年以降のポジションサイズの判断材料になります
2026年8月5日時点の法令・公表資料 租税特別措置法41条の14は改正が重ねられてきた条文です。申告前には最新の条文をご確認ください。
出典・最新情報
よくある質問(FAQ)
Q. 同じ証券口座の中なのに、どうして相殺できないのですか。
A. 税法は口座ではなく所得の区分で計算するためです。同じ口座でも、現物は申告分離課税の上場株式等に係る譲渡所得等、オプションは総合課税の雑所得として、別に計算することになります。
Q. カバードコールで、コールの損失が現物の売却益より大きくなりました。全体では損ですが課税されますか。
A. 現物を売却して利益が確定していれば、その譲渡益には申告分離課税がかかります。オプションの損失で減らすことはできません。戦略全体の損益と課税所得は一致しないことがあります。
Q. FXの利益と米国株オプションの損失は相殺できますか。
A. FXの相手方によります。国内の金融商品取引業者・登録金融機関が相手方であれば申告分離課税の先物取引に係る雑所得等なので相殺できません。それ以外を相手方とする店頭FXは総合課税の雑所得に区分されるため、相殺され得ます。ご自身の口座がどちらかは、取引業者の登録状況でご確認ください。
Q. 暗号資産の利益とは相殺できますか。
A. 暗号資産の所得が総合課税の雑所得に区分される場合は、同じ雑所得の中で差し引きされます。ただし個別の区分は取引の態様によります。
Q. 「雑所得の損失は繰り越せる」と書いてある記事を見ました。
A. 所得税法71条の「雑損失の繰越控除」は、災害・盗難・横領による損害についての雑損控除を繰り越す制度で、雑所得の損失とは別のものです。名前が似ているだけで、取引の損失には使えません。
Q. オプションは先物取引の一種なので、3年繰り越せるのではありませんか。
A. 繰越控除の対象は「先物取引に係る雑所得等の計算上生じた損失」に限られます。米国株オプションが総合課税の雑所得である以上、この規定の対象にはなりません。商品の呼び名ではなく、所得の区分で決まります。
まとめ
- 米国株オプションの損失を相殺できるのは、同じ総合課税の雑所得の中だけ
- 「損益通算」には2つの意味がある。所得税法69条の損益通算に雑所得は入っていない
- 同じ口座・同じ銘柄でも、現物(申告分離)とオプション(総合課税)は別のレーン
- FXは相手方によって結論が変わる。ただし根拠条文は米国株オプションと別で、「海外だから総合課税」という一括りは誤り
- 「先物取引だから3年繰り越せる」は米国株オプションには当てはまらない
- 損失年にできるのは雑所得の中での相殺と必要経費の計上
- そもそも総合課税になるという前提自体が条文からの解釈。権利行使が絡む場合や雑所得の区分は、税理士に確認を
あわせて読む
- 米国株オプションの税金と確定申告|日本の個人投資家が最初に押さえる3つの違い — なぜ総合課税の雑所得になるのか、条文に沿った説明はこちら
- 米国株オプションと国内先物・オプションの税金の違い — 税率がどれだけ変わるかを数字で確認できます
- 投資ツール代は経費にできるか|勘定科目・証憑の集め方・電子帳簿保存法の実務 — 相殺できない年こそ、必要経費の計上が効きます
※本記事は一般的な情報提供であり、税務助言ではありません。記載は2026年8月5日時点の内容です。制度は改正されます。個別の判断は必ず税理士にご相談ください。個別のご質問にはお答えできません。